小石川産業医事務所

【人事・労務担当者向け】復職に関する判例まとめと実務上の留意点

はじめに

近年、メンタルヘルス不調(うつ病、適応障害など)による休職・復職や、それに伴う対応をめぐって従業員と会社がトラブルになるケースが増加しており、「産業医の判断」が裁判で争点となる事案が急増しています。

本資料では、法的な専門知識がない人事・労務担当者や管理職の方でも分かりやすいように、実際の裁判例(ケース)の概要と、そこから得られる「会社として実務上気をつけるべきポイント」をまとめました。


1.休職・復職の判定をめぐるトラブルと対策

従業員からの「復職したい」という申し出に対して、会社がどのように対応し、産業医をどう活用すべきかが問われるケースです。

① 「身体的には出社可能」でも復職を認めない判断は可能か?

(関連ケース:日本電気事件、伊藤忠商事事件、神戸市事件など)

  • 判例の概要 アスペルガー症候群や境界性パーソナリティ障害、双極性障害などの事例において、「定時に出社することはできる」ものの、「上司の指示に反発してコミュニケーションが取れない」「不穏な行動や突発的な刃物の持ち出しで周囲に不安を与える」といった問題行動があったため、会社が復職を認めなかったケースです。裁判所は、これらの会社側の判断(退職扱い・免職)を妥当と認めました。
  • 【気をつけるべき点】 精神疾患の場合、肉体的に出社可能かどうか(病名の治癒)だけでなく、「職場のコミュニケーションが取れるか」「周囲に悪影響を及ぼさないか」という実際の職場での行動(事例性)が非常に重要視されます。産業医とともに、復職後の実務に耐えうる状態かを客観的に評価することが法的に会社を守ることに繋がります。

② 従業員が産業医との面談を拒否した場合

(関連ケース:ワコール事件、雄松堂書店事件など)

  • 判例の概要 従業員が「主治医が復職可能と言っているから」などとして、会社が指定する産業医との面談を拒否したケースです。裁判所は、従業員が面談を拒否し続ける限り、会社が「休職を継続させる(復職させない)」判断をしたことは合理的であるとしました。
  • 【気をつけるべき点】 就業規則に「休職・復職の際には、会社が指定する医師(産業医)の診察・面談を義務付ける」旨の規定を必ず設ておきましょう(例え規定がなくても合理的な指示として認められたケースもありますが、明記しておくのが最も安全です)。面談を拒否された場合は無理に復職させる必要はなく、従業員側の責任として休職期間満了による退職等の措置を進める強力な根拠となります。

③ 「主治医」vs「産業医」で意見が食い違う場合

(関連ケース:東京電力パワーグリッド事件、神奈川SR経営労務センター事件など)

  • 判例の概要 主治医は「復職可能」の診断書を出したが、産業医は「病識の欠如やストレス耐性が低く復職不可」と判断し意見が割れたケース(東京電力PG事件)では、リワークプログラム等での客観的評価を踏まえた産業医の判断が採用されました。 一方で、産業医が医学的な理由ではなく「(性格に難があるので)復職したら周りが迷惑する」といった推測のみで復職不可としたケース(神奈川SR事件)では、産業医の意見の信用性が否定され会社が負けています。
  • 【気をつけるべき点】 主治医は「日常生活が送れるか」を基準に患者の希望に沿って甘めの診断書を書く傾向があります。人事担当者は主治医の診断書を鵜呑みにせず、産業医の意見を求めるべきです。ただし、産業医に判断を「丸投げ」してはいけません。 人事側から産業医に対して、日頃の勤務態度、休職前の問題行動、復職先の部署の業務負荷などの客観的な情報をしっかり提供し、「医学的根拠+職場実態」に基づいた意見書を作成してもらうよう連携することが不可欠です。

2.部下の不調サインと「安全配慮義務」

会社(上司)が従業員のメンタル不調に気づきながら適切な対応を取らず、症状が悪化したり自殺に至ってしまったケースです。

部下のSOSを見逃さない・放置しない

(関連ケース:さいたま市事件、ティー・エム・イー事件など)

  • 判例の概要 パワハラを受けていた部下が自殺した事件(さいたま市事件)では、前日に部下が上司へ明確に自殺念慮(死にたい等)を訴えていたにもかかわらず、上司が独自の判断でそのまま働かせ続けたことが「安全配慮義務違反」とされました。また、派遣社員の体調不良に気づきながら、深いヒアリングや産業医への相談を行わなかった派遣先・派遣元企業の義務違反も認定されています。
  • 【気をつけるべき点】 部下から「眠れない」「死にたい」「薬を飲んでいる」といった深刻なSOSや不調のサインがあった場合、直属の上司だけで抱え込んだり、「頑張れ」と励まして放置するのは法的に極めて危険な行為です。直ちに人事・労務部門に報告し、産業医の面談に繋ぐエスカレーション体制の実践を社内に徹底させてください。初動で産業医等の専門家を巻き込むことが、従業員の命と会社を守る最大の防波堤になります。

3.産業医自身との連携・社内体制の構築

産業医に面談を依頼する際のリスク管理

(関連ケース:大阪市K協会事件、任天堂事件など)

  • 判例の概要 面談した産業医が休職者に対して「それは病気やない、甘えなんや」「薬を飲まずに頑張れ」と精神論的な説教をして病状を悪化させ、慰謝料を請求されたケース(大阪市K協会事件)。 また、社内の保健師が産業医の指示に従わず独自の判断で動き、対立関係となって訴訟に至ったケース(任天堂事件)。
  • 【気をつけるべき点】 人事担当者は、従業員が「会社側の産業医」に対して強い警戒心や不信感を持っている現状を理解する必要があります。
    • 産業医への事前共有: 面談前に、人事から産業医へ「本人の状況」や「会社としての配慮の方向性」をしっかりインプットすること。情報不足のまま面談させない。
    • 体制の明確化: 人事、産業医、保健師などの間で「誰が何の権限を持ち、どのような基準・指示系統で動くのか」の役割分担を明確にしておくこと。

【まとめ】人事・労務担当者が明日からすべきこと

  1. 就業規則の再点検:休職・復職手続において「会社が指定する医師(産業医)の受診義務」が明記されているか確認する。
  2. 管理職研修の実施:部下のメンタル不調のサイン(遅刻増加、ミスの連発など)に気づいた際の「人事・産業医への連絡(エスカレーション)」の義務を管理職に徹底する。
  3. 産業医とのパイプ強化:産業医を「月1回の面談だけお願いする外部の人」にせず、日頃から職場の状況や休職者の事情を密に共有するパートナーとして活用する。

判例は「問題が起きてからの結果」を示していますが、これらを参照することで、「自社で同じようなケースが起きたらどうなるか」を予測し、未然にトラブルを防ぐ仕組みづくりに役立てることができます。